景観に関する三法案について
平成16年5月11日(火曜日) 国土交通委員会
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| 赤羽委員長 | 松野博一君。 |
| 松野(博)委員 | 自由民主党の松野博一でございます。 参考人の皆さん、御苦労さまでございます。 早速、景観三法に対する質問をさせていただきたいというふうに思います。 今までの参考人の皆さんのお話や、午前中からも含めての審議の中で、景観というものは大事だ、今の時期、景観法というものを立法するのは非常に重要だというところはほぼ全員の方が合意をしている状況でありますが、その中において、景観とは何ぞやという議論が繰り返し出てまいりまして、これがなかなか統一的な見解が難しいということがあるかと思います。 景観とは何ぞやという議論の難しさというのは、地域による多様性もありますし、また一方で、同じ地域でも時代の変遷で価値観、美意識が変わってくるということもあるんだろうというふうに思います。 例えば東京の下町の風景というのは、昭和四十年代から五十年代前半ぐらいまでは、ローマとかパリとかロンドンとかの諸外国と比べると、非常に密集をしていて雑然としていてというふうなネガティブな評価であったわけでありますけれども、防火、防災の問題等々を考えるとやはり問題点は抱えていると私も思います。しかし、風情という点、景観という点からいうと、今、下町再発見なんという特集をどの雑誌でもやっていまして、下町散策ツアーなんというのも出るほど、木造で密集したあの町並みに対する景観としての評価も上がってきている。こういうことを考えても、非常に定義が難しいなというふうに思います。 その中で、今回の三法が対象としているのは、主にいわゆる景観と言われている中の大きく二つを対象としているんだろうというふうに思います。 本日、山出市長、お出ましでありますけれども、例えば金沢市でありますとか京都、奈良でありますとか、町並みの保全に関して、歴史的な、文化的な、そういった合意がもう既に市民の中にあって、なおかつ、どの地域をどういったコンセプトで保全するかということが合意をされやすい地域というのが一つあるというふうに思います。こういったものは観光資源にもなっていますので、ある程度法律によって規制を加えることも、これは市民の理解が得られやすいんだというふうに思います。 もう一つは、先ほど西村先生の方から普通の景観というお話がありましたけれども、まさに日常の生活の中でのアメニティーを維持向上させていくという観点において、町並み、まちづくり、看板等でどう維持していくかという意味での景観というものがあるんだろうというふうに思います。 そこで、三人の方に質問させていただきたいというふうに思いますが、申し上げましたとおり、今、ここで言う景観地区の歴史的、文化的な背景に裏づけられた地域であれば規制に対する住民のコンセンサスは得やすいわけでありますが、私もいわゆるニュータウンという住宅地に住んでいますけれども、こういったニュータウンがどういった景観を目指すかということに関しては、イメージを統一することもなかなか難しいと思いますし、今までの議論にありましたとおり、それぞれの住民の皆さんが思い描くこともさまざまになると思います。 三人の参考人の皆さんからそれぞれに、この法案はやはり住民参加というのが大事なんだ、住民参加の過程の中で決めていくべきだというお話がありました。そこで、具体的なお話をお伺いしたいと思いますけれども、この三月まで私は町内会の役員をやっておりまして、町内会の議論で、ごみステーションの場所とかごみステーションの大きさ一つ決めるのに、けんけんがくがくたる、国会に匹敵するような大議論をやっているわけであります。まして、個人の美的感覚を含めた問題、また、ある種私権の制限まで及ぶような町並みの景観のイメージを住民合意の中で、住民参加のシステムの中で決めていくというのは大変だなという思いがあるわけでありますけれども、住民参加を通して具体的な合意形成をするシステムに関してどういったイメージをお持ちなのか。そのことを三人の皆さんそれぞれにお伺いさせていただきたいと思います。 |
| 西村参考人 | 都市計画では都市計画マスタープランというのがつくられているわけですけれども、その中で同じような実験がさまざまな都市でやられてきていると思うんです。 一つは、自分たちの町が、どんな特色があって、何が誇れるのかというのを見つけていくというようなワークショップですとか町歩きですとか、いろいろな形での見学会をやるというようなことを各地でやられてきていて、ふだんは当たり前と思っているようなことでも、例えば地形的な特色ですとか眺望、日本の場合は関東平野を除けばどこからも山が見えるわけなので、特徴があるような山の眺望ですとか、非常に重要なお寺や神社の緑ですとか、鎮守の森ですとか、非常に特色のある街路とか、古い建物が何軒か残っているとか、何か自分たちの町にある非常におもしろいものを見つけていこう、そういうことの中で自分たちの町に対する愛着が深まっていく。それは単に非常に立派なものだけではなくて、自分たちが子供のころ遊んだような小さな、思い出のあるようなちょっとした広場が残っているとかいうようなこともあるわけですね。 ですから、いずれにしても、自分たちの町をもう一回きちんと見直していって、よさを再発見していって、そこから何を自分たちの町は誇っていくのかということを見つけていくという作業が必要なんだと思うんです。今までの都市計画は、ないものを、これも欲しい、あれも欲しいというふうに行政にねだることが多かったわけですけれども、そうではなくて、今あるものの中で何が生かせるのか、町自慢は何なのかというのを考えていく。 発想の転換で、そういう作業が、例えば景観計画というのを立てることが前提になっているわけですけれども、その景観計画を立てる中で全国でこういう活動が行われていくと、随分意識が変わってくるんじゃないかと思うんですね。 そういうことが非常に重要で、だとすると、こういうことはどんな小さな町でも、特色がないと思われているところでも、子供のころの思い出はあるわけですし、子供の遊びはあるわけですから、何か出てくるんじゃないか。私自身も各地でやってみて、どんなに歴史の浅い、北海道の本当に真っすぐな道しかないようなところでも、発見するものはたくさんあるんですね。ですから、そういうことが非常に重要じゃないかと思います。 |
| 山出参考人 | 金沢で市長として大変いつも苦しむのは、静ひつを旨とする住宅地に、ある日突如として高級マンションの計画が出てくる。開発業者は建てさせてくれと言いますし、住む人は高い建物を認めるな、こういうことを言いまして、そのはざまに立って苦しむというのが日常であります。 私は、その際に地域の皆さんに申し上げることは、マンション計画が出てきてから皆さん方が僕を責めてくれるのは困るので、もっとその前から、自分たちの住む区域はこういうまちづくりをしようよと約束事を交わしてくださらぬですか、こういう投げ方をいたすわけであります。 自分たちの住んでおるところの建物の高さはこうしようよ、自販機は置かないことにしようよ、生け垣をしようよ、こういう約束事を早くから交わしたらどうか、こういうことを呼びかけまして、これを私どもは、条例によるまちづくり協定というわけであります。市民参画によるまちづくり条例という条例を既につくりまして、その条例に基づいて自分たちの地域の計画をつくりなさい、その計画をつくって、みんなで約束事を交わしなさい、判こを押し合うわけであります。そして、その判こを私のところへ持ってきて、市役所とまた判こを押しましょう、こういうことを言いまして、この地区協約を結んだのは十二地区あります。そのほかに、都市計画法の裏づけのある地区指定、地区契約というのは三十四ございます。 私は、これが本当は都市計画の原点ではなかろうかなという思いがあります。国や県や市の役人が地図を開いて、そして一方的に線を引いて、これが都市計画街路だというのが都市計画ではなくして、住む人がみずから自分の町のありようを考える、それが都市計画の原点ではなかろうか、こんなふうに思っていまして、そういうことを今働きかけておるわけであります。 例えば沿道景観をどうするかということにつきましても、土地の所有主でありますとか、そうした利害関係人がみんなで、ここの道の区間は看板のあり方をこうしようというふうに約束を交わしてもらう、そういう扱いをまずしてもらうということからスタートさせたい、こんなふうに思っておるわけであります。現にそういう取り組みを苦しみながら始めている、こう申し上げておきます。 |
| 中林参考人 | 今二人のおっしゃったことは非常にもっともなことだと思います。同じことを考えておりますが、まず、最初に西村先生がおっしゃったような、地域のまちづくりにかかわってワークショップをするとかウオッチングをするとか、こういう試みというのは、私も何度かそういうものに参加して思いますことは、やはり、住民が地域のことを考えるというようなことについては、なれていない方もいらっしゃいますし、それから、問題が起こったようなときは、先ほどのごみステーションの問題もありますように、非常に意見がまとまらないんじゃないかというような状況も生まれたりもします。しかし、集団の中に議論を重ねて、そして、前もってだれかが結論を用意しているというようなことがなければ、地域の人というのは、ある種の知恵を見出すものだというふうに考えております。 その際に重要なのは、やはり情報がオープンにされていることと、分け隔てなくいろいろな考えを持った住民が集められて、フランクな議論ができる場をどう設定するかということだと思います。 それから、具体的には地域の住民がどのようなことをまちづくり、景観に対してしているかという点では、金沢の例もありましたけれども、京都でも、まちづくり憲章と呼ばれるようなものが町内あるいは町内を幾つか束ねたぐらいの広さの中でできて、都市計画法上の地区計画などを定めたりする例もあります。そうしたときには、やはり、その地域に即したいろいろな形態の基準などもそこで出てくるというようなことがあります。 そのくらいにしておきます。 |
| 松野(博)委員 | 本当に難しいなと思うのは、私の住んでいる団地でも、家並みを見ても、和風の家があり、地中海風の家が建っていたり、北欧風の家があったり、ばらばらなんですね、現在。それぞれの美意識に基づいて家を建てているわけですから、そういった一つ一つを考えても、なかなか住民の合意をつくっていくというシステムを確立していくことは大変だなというふうに思います。 今回の景観法の中の新しい点として、建築物や工作物の形態とか色を制限できる、具体的な制限ができるということが重要な点だと思います。ただ、どういうふうなレベルで制限をするかというのは、個々の市町村による条例によって具体的には規定をされていくわけであります。一口にデザインとか色彩を制限するといっても、この制限の仕方をどう条例に書き込んでいくのかというのは非常に難しいなというふうに思います。 例えば、では、この地区においては赤と黄色は使っちゃだめだよということになっても、果たして赤と黄色とは何ぞやという議論がどう条例の文言の中で規定されるのか。黄色の明度というのか彩度というのかわかりませんが、それが何%以下までの黄色しか使っちゃいけないとか、そういうような表現の仕方になるのかなというふうに思います。 しかし、あくまでこれは条例でありますから、だれが見てもわかりやすく、守れるという表現で書き込まれていかなければいけないわけでありますけれども、このデザインや色彩等に関する規制、また、景観に関する全体規制を条例の中にどういったような表現のスタイルで落とし込んでいくのか。そのことに関して三人の皆さんから御意見をいただきたいと思います。 |
| 西村参考人 | 一つは、おっしゃいましたように、具体的な数値を挙げるということも可能ではないかと思うんです。そういうことをやっているところもあると思うんですね。もう一つは、具体的に目安としたものを挙げて、それ以外に、やはり、周辺とどういうふうに調和するか、調和するようなものというふうに書き込んで、そして、それは実際に調和しているかどうかというのを個別で議論していくというのが一般的な今の条例のスタイルじゃないかと思うんです。 ですから、そこに若干の裁量の幅がある。その裁量をどうするかというところは非常に重要なんですけれども、一つ考えないといけないのは、出てきた開発案件を地域の関係者がちゃんと見て、これはいいじゃないかとか、やはりこれは調和しているとは思えないというのを、例えばそれぞれの団体、地域のいろいろな団体などが意見が言えるような仕組みが必要なんじゃないか。そうしないと、そこのところを判断するのが行政の一担当者で、それも個別の情報ですから、これは個人情報なので外に出さないということになると、全くのブラックボックスで議論しなくてはいけなくなるわけですね。そうすると、窓口の担当者に非常な圧力がかかるし、その窓口の担当者は必ずしも専門家でないわけですね。 ですから、その意味では、さまざまな意見が言える場ができて、透明な仕組みができて、そうすると、非常にセンシティブなところではたくさんの意見が出るでしょうし、そうでもないところはそう意見も出ないと思うんですね。そうすると、やはり市民の意識、そして意見の多さ、重さが、ある種、裁量をあるバランスで決めていくことにつながっていくんじゃないかと思うんです。ですから、その透明な意思決定の仕組みがどういうふうにできるかというところが非常に重要なかぎを握っているんじゃないかというふうに私は思います。 |
| 山出参考人 | 私の方は、きょうまで景観条例をつくりまして、条例に基づきまして基本計画をつくって、その基本計画では区域指定をいたしまして、そして、区域ごとの景観形成のための誘導基準というものを設定しておるわけです。景観形成基準と申し上げたいと思いますが、後ほど先生にお上げしますが、かなり精緻なものにしてあります。 この基準は公開をされていますし、建築士さんもみんな御存じであります。ですから、具体の建物等をつくります場合に、意匠とか色彩等については、建築士さんがこの基準をみんな見て、そしていろいろ判断をするわけであります。建築士さんが、基準によらない、少し意見が違うというようなときには、実は景観審議会というのがございまして、審議会の中にまた専門部会があって、そこで議論をしていただくということであります。意匠等については色見本を出してもらうというようなこともいたしたりしまして、そして議論を落ちつかせていくということをしておるわけであります。 確かに難しい点はあるわけですが、例えて言いますと、金沢城址とか兼六園の近くでは、高さは決めます。そして色彩は、「周辺の自然に融和する色彩とする。」こういう表現です。それから広告物については、「周辺の街並みとの調和を図る。」こういう抽象的な表現ではあるわけですが、色見本を出してもらうとかというようなことをして、そして具体的にケースに応じて議論する、こういうことをいたしております。 金沢という町は斜面の多い町でありまして、台地が三つあるものですから、その斜面の区域内で建物の色なんかの議論が出ますと、マンセル値という色彩の尺度があるそうであります、このマンセル値を使って議論するというようなこともありまして、精緻な議論もいたすわけであります。 私は、景観というのは、いいものを見せる、そしていろいろな体験を積み重ねていく、その中から意識というものが高まっていくんだろうというふうに思っていまして、何よりも経験を積むこと、そして人々にいい事例を見せること、こう思っています。 |
| 中林参考人 | 私も、そういう景観の規定について、いろいろ既に景観条例などでされていますように、今の色彩の彩度、鮮やかさを、黄色であればこれだけの範囲にするとか、だいだいであればこれだけの範囲にするとか、そういうことはあり得ることだというふうに思います。明らかに彩度が極端に高い建物がひどいというのはほとんどの方が合意できるようなことがありますので、数的に表現したりするということはあり得ることですし、そのことが議論の中で定まっていくのは好ましいことだと思います。 その中でも、先ほど言いましたように、建物の高さというような基準についてはこれは特別に重要だというのは、やはり周りの建物や遠くからの景観に影響を与えます。ですから、こういうことについてはやはり数的な基準というのは決めていく必要があるだろうと思います。 それから、地域によっていろいろあるわけですけれども、その町のあり方については、やはり定性的な、質を表現したような基準を設けて、これがどういうものなのかというのを住民の間で合意を得ていくというようなことも要ると思います。先ほど出ましたような下町再発見なんということが起こってきましたら、下町景観というのはどういう言葉で表現して、私たちがいいものとして残していけるのかというようなことを議論することも重要だと思います。 それから、これは市長も言われましたように、それを審議会というような場で専門家なり代表的な意見の人で議論をするということも有効ではありますが、これがやはりオープンな形で、みんなの中にこの議論が伝わるような形で行われるというのが景観の場合には非常に重要なことではないかというふうに思います。 |
| 松野(博)委員 | どうもありがとうございました。以上で質問を終わります。 |